たゆたふままに

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「すべての見えない光」     アンソニー・ドーア   藤井光/訳

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昨年読んで心に残った本をこの夏、再読。記しておこうと思う。文章が繊細で詩的、魅力的である。再読は再訪となり、新しい気づきと疑問をもたらしてくれるんだなーとつくづく思う。以前読んだときは、登場人物のひとりであるフレデリックという少年が強烈に印象に残った。大英自然史博物館展を見に行った後ということもあり、オーデュポンの鳥類図鑑が頭の中でクローズアップされたからかもしれない。フレデリックは鳥好きでアメリカのまさにオーデュポンと思しき鳥類図鑑を持っているのだ。フレデリックは人としてどう生きるのかをしっかり持っている少年なのだけれど、時代がそれを許さず、ゆえに残酷なのだが。

物語は空からビラが落ちてくるシーンからはじまる。ビラは市民に避難を促す内容だった。そして爆撃。第二次世界大戦のフランス、サン・マロへの空襲だ。逃げ惑う盲目の少女、マリー=ロールは16歳。彼女は6歳の時に失明し、国立自然史博物館の錠前主任を父に持つ。父親とパリに住んでいたが、ナチスの侵攻で大叔父の住むサン・マロへと移住したのだが父も大叔父もいなくなってしまった。また、サンマロで空襲を受けているドイツ軍の中に、ヴェルナー・ペニヒという少年がいた。彼はドイツの炭鉱製錬地帯であるツォルフェアアインで生まれ、孤児院で育った17歳。秀でた能力によりレジスタンスを見つけつぶす役割を担っていた。

物語は、いくつもの時代とシーンを行ったり来たりしながら、マリーロールの生い立ちや周りの人々との出会い、ヴェルナーが目にしたものや感じたこと等々が語られていく。そして最初のシーンに戻り瓦礫のなか二人は出会う。ほんの数時間なのだろうか、いくつかの言葉が交わされる。記憶や物語の力、人の声や音楽の力、純血主義の思想、欲望や暴力等々入り混じっているのだが、読後は美しいものを手にしたようなここちとなった。






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by yuhu811 | 2018-08-13 14:55 | Comments(0)

「人生の踏み絵」     遠藤周作

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1966年6月から1986年7月まで、九回の講演を収録した本。1966年というと「沈黙」が出版された年である。

「沈黙」を書くきっかけは、二年半ほど入院生活を送ることになったとき、心の中に、長崎で出合った足指の跡がついた踏絵が浮かび上がってきたそうだ。自分だったら踏むだろうか、踏むだろうか、踏むだろう。自分は弱い人間だから踏むだろう。その時、どんな気持ちで踏むだろう、当時の人はどうだったのだろう、多くの人は弱い人間だから踏み絵を踏み生きてきたのだろう、と考えたそうだ。だが、キリスト教の歴史には、その記録はほとんど残っておらず、なかったことのようになっているので、その人たちの「沈黙」を呼び起こしたかった。そしてそのとき、なぜ神は「沈黙」していたのか、ということもあり「沈黙」というタイトルにしたそうだ。

1979年からは”文学と宗教の谷間から”と題して六回の連続講演が記録されている。いくつかの小説を題材にし、キリスト教の考え方や感覚について読み解いている。さらに自らの宗教観についても語っており、キリスト教は自ら選んだ宗教ではないので愛しきれないが、何とか付き合わねばと思っていると明かす。

弱虫と強虫を考えて来て仙台で出合ったのが、支倉常長(はせくらつねなが)の悲しい顔をした肖像画だったという。支倉常長に自分を託し、考えてきたことの総決算として上梓したのが「侍」であった。さらに、その総決算に揺さぶりをかけたくなり「スキャンダル」を書くことになったという。

なぜ書くかという問いに、遠藤氏はこう答えている。「小説家は人生がわからず、迷うに迷っている人間なので、その謎に少しでも迫りたいと思って書いているのです」

また、アンドレ・ジッドは「芸術はデモーニッシュ(魔的な)な協力なしに成り立たない」と言っているが、これを「抑えつけているもうひとりの自分、隠れている×」であるということが、小説を書いてきて分かってきた。そのことを小説で考えてみたかったのだという。それが「深い河」へとつながるようである。

最後に、ゆっくり考えてもらいたいものが四つある、と投げかけます。自分はなかなか考えられませんが、いま読み返せば歎異抄にも似たようなことが書かれていたような・・・ぼわ~んとした記憶があります。「沈黙」で止まったままなので、「侍」、じっくり読んでみたいと思います。



画像は、昨年日光に行った時のもの、秋の、川面、雨降る日でした




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by yuhu811 | 2018-06-28 16:09 | Comments(0)

「秘密」上・下     ケイト・モートン   青木純子/訳

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「忘れられた花園」に「リヴァトン館」、どちらも面白かったけれど、三作の中ではこの「秘密」がいちばんだ。

主人公はローレルという女性だが、あるときはローレルの母親ドリーであったり、母とかかわりのあった人々が主人公となり、時代を飛び越えて語られていく。舞台はイギリスとオーストラリア、大きな戦争をはさんで、いくつもの人生が交錯していく。

2011年、国民的女優となったローレルは、入院している母の病状が思わしくないという知らせを受け取る。兄弟姉妹で相談し、最期は自宅で看取ろうと病院から移すことにした。ローレルは休暇を取り、思い出していた。16才の時、母のドリーが男を刺し殺すという事件を目撃してしまったときのことを。あれは夢だったのか、事実であるならばあの男は誰だったのか、その後事件はどうなったのか。真実を知りたいと思っていたある日、一枚の写真と出合う。それは動けない母に頼まれて、妹が探し出したものだった。見たことのない母と知らない女性が親しげに写った写真だった。その写真と母が大事にしていたもの、母を知る人や、のこされた手紙を手掛かりに、遠い遠い時空へと旅立つ。というストーリだ。

いやー、久々面白かったです♪



画像は春先の隅田川、桜の季節が終わった週末の隅田川、風が強かったー!



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by yuhu811 | 2018-06-21 18:05 | Comments(0)

「罪の声」     塩田武士

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小説現代の電子版に、2015.10~2016.1月号まで連載された「最果ての碑」を大幅に加筆修正したもの。

物語は「テーラー曽根」の主人、曽根俊也が、ある日父親の遺品の中から黒い手帳とテープを見つけるところから始まる。テープの声を聴くと、それは31年前の自分の声だった。一方、新聞社に勤める阿久津は「昭和の未解決事件」を取り上げる企画を任された。その二人が「ギン萬事件」という未解決事件を軸に、テープの声と手帳のメモの謎に迫っていくというもの。物語りの中の「ギン萬事件」とは「グリコ森永事件」そのもので、フィクションではあるけれど、どこかでこれに似た物語があったかもしれないと思わせる内容だ。これを読んで、「グリコ森永事件」のニュースで流された、テープの幼い声を思い出した。犯罪に利用された子供が、その後の人生に与えられたものの大きさに胸が締め付けられる思いがする。




画像は、2017.5.9.さいたま市にて、カクタス咲く


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by yuhu811 | 2017-06-01 09:25 | Comments(2)

「上野時空遊行ー歴史をひもとき今を楽しむー」     浦井正明

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上野近辺を続けて何度か散策した。古地図などを見たりしているうちに今頃になって気づいたことがある。「台東区の歌」は小学校から中学校まで歌っていたので今でもなんとか歌えるのだが、その歌詞に見え隠れする歴史をまったく知らないということだ。現在は台東区に住んではいないけれど、「お山」と呼んでいた上野のことを知りたいと思った。その過去に驚きがいっぱいなのである。なぜ野口英世像は国立科学博物館の前に建っているのか、とか、懐かしの博物館動物館駅の重厚な雰囲気の理由、とか、、、。そしてなによりも、天海僧正の夢・上野戦争の前後については、興味深くまた胸が熱くなる。いくつもの人々の過去や台地に刻まれた記憶に思いを馳せて、また歩いてみたい。

画像は、2017.4.8.谷中にて、この日は天王寺のしだれ桜がきれいだったー!けど機を逸したので猫ちゃんです。
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by yuhu811 | 2017-05-26 10:25 | Comments(0)

「はじまりの記憶」     柳田邦男・伊勢英子

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数えたら18年も前の本。ちょっと前のような気もするし遠い昔のような気もするなーと、図書館で手に取った。柳田邦男さんと伊勢英子さんが、それぞれのさまざまな自分の中の記憶の始まりを手繰り寄せ、今につながる思いを綴った本。前を見ることは大切だけれど後ろを振り返ることで気付きもあり、なかなか面白い。

で、私事だが、いちばんの幼い記憶はたぶん入園試験。神田のお寺の三年保育の幼稚園に入れられた。家の前に通園バスが止まるので、仕事で忙しい両親には都合がよかったのだと思う。手を引かれて引き戸の中に入り、知らない人に冊子をみせられながら何か聞かれて、しぶしぶ答えた記憶がある。隣に母がいたので致し方なく答えた。母を悲しませたくなかったので、いいこのふりして答えたのだ。外に出ると園庭の大きなテントの中で四角いアルミケースにプリンが整列していた。卒園式だったのかもしれない。幼稚園は大大大嫌いだったなー。。。。




画像は自宅庭から空、2017.4.12.


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by yuhu811 | 2017-04-27 17:57 | Comments(0)

「写真関係」     石内都

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東京国立博物館に行ってきた。公開中の庭園散策が目的だったのだが、もちろん館内も必見だ。知らなかったのだが考古のフロアと法隆寺宝物館がリニューアルされていた。考古フロアは2015年にリニューアルされたというのだから、2年も知らずにいた。ふむふむ2年など、びゅーと過ぎていくのだなー。考古フロアは埴輪が林立していてとても楽しい。埴輪かわいいー♪なんて歩いていると、えぇ?!と目に飛び込んできたのが、画像の馬の鉄仮面?!だった。馬冑(ばちゅう)という。5~6世紀古墳時代の戦闘用馬具で和歌山県で出土されたもののレプリカだ。当時としては稀少な舶載品のようで、古墳時代の埴輪展示の中にあり何か違和感を感じたのかもしれない。えぇ!なんだ~これはー!!!と思いまじまじ見るうちに、思いは痛みとともに違うところへと飛んで行った。飛んで行った先は、石内都さんの撮ったフリーダ・カーロのギブスだった。

フリーダ・カーロの遺品写真は本で見ただけだが、心の奥深くに入り込む。”ひろしま”や”命の衣”、”マザーズ”などの写真もそう。その石内都さんがエッセーを出したのだから読まねばなるまいと昨年秋、手にしたのがこの本「写真関係」である。で、驚きの馬具から思い至り、本のきろくに記しておこうとなったわけだ。

内容は、"絶唱横須賀ストーリー"から現在に至る時と思いのながれ、写真を撮るときに大切にしていること、母親のことや自分の名前のことなどなど綴られていることは興味深い。印象に残ったのが「時のうつわ」という捉え方だ。身体は時を貯蓄する入れ物という実感は、想像することしかできないのだけれど、そういう捉え方があったのかと。あぁだからこそ、あのように撮れるのかもしれない。また石内都さんはあとがきで、文章を書くように勧めてくれた編集者のIさんに触れている。その方に私だってお礼を言いたい!石内都さんて話してみたいけど話せない。どんなこと考えているのか少し知りたい。だから、よくぞ勧めてくださった!編集者の眼力っていうのかな?すごいなーってそのことも再認識したのでした。




画像は、2017.4.1.東京国立博物館にて、
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by yuhu811 | 2017-04-04 16:37 | Comments(0)

「チェルノブイリの祈り-未来の物語-」    スベトラーナ・アレクシエービッチ 松本妙子訳

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2015年にノーベル文学賞を受賞した「チェルノブイリの祈り」は、1996年に「諸民族の友好」という雑誌に発表されたものだった。事故後10年経ってからのことだ。日本では1998年に出版後絶版となっていたがフクイチの事故後再出版となった。チェルノブイリ事故後の現地のふつうの人々の言葉に丁寧に耳を傾け、その証言を記したもの。私たちの現在であり未来でもある。




画像は、2017.1.14.都内にて、






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by yuhu811 | 2017-03-31 16:46 | Comments(2)

「詩ふたつ」     長田弘

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気象学では3月から春というそうだ。だから冷たい雨が降っていようとも間違いなく春なのだ。庭では梅の花が散り、フキノトウが顔をだし、椿がぽろぽろ咲きだした。メジロがチリチリと鳴きながら蜜を吸い、キジバト夫婦がポッポーッとやってきた。三月の春彼岸、次々と咲く花を愛でながら花を持って会いに出かけようーと思う季節です。

長田弘さんの「詩ふたつ」は、”花を持って、会いにゆく”と”人生は森の中の一日”の二編からなる組詩である。あとがきで、”詩ふたつ”は、”死ふたつ”であり、”志ふたつ”でもある、と書いている。クリムトの風景画とともつくられたこの本は私にとって大切な本のひとつで、「奇跡ーミラクルー」とともに並べて部屋のコーナーに立てかけてある。いつでもこの風景画と、「奇跡」の表紙にあるリュートを弾く小さな天使の絵が見えるようにだ。そして時々手に取って、うんうんと思うのである。




画像は、2017.2.26.国立市にて、

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by yuhu811 | 2017-03-02 11:03 | Comments(0)

「奇跡ーミラクルー」     長田弘

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今ここに在る不思議、ミラクル、・・・損なうことなく、誇ることなく、みごとに生きる奇跡・・・それを忘れそうになったとき、手にする本。・・・きみはまず風景を慈しめよ。 すべてはそれからだ。 ・・・と、詩人はうたう。




画像は、2017.2.8.さいたま市にて、






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by yuhu811 | 2017-02-28 08:39 | Comments(0)