たゆたふままに

カマキリです!

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一昨々年のことでした。たぶん、たしか、家の近くのアスファルトの道の上をカマキリが歩いておりました。このままでは轢かれてしまうよーと、庭にぽ~い、したのです。放したけれど繁殖はしないだろうと思っていたのですが、翌年草刈りをしたときに誤ってバッサリ!あららーカマキリ!生きてたの?!冬越ししたの?それとも子孫?いやーバッサリ、ごめんなさい。まだ息はありそうだったので、そっと叢の中の石の上に置きました。きっと鳥に食べられちゃっただろうけど、生き埋めにするわけにもいきません。そしたら昨年、またも庭でカマキリ発見です!赤ちゃんがー!あらら、繁殖できた?そして今年、6月29日のことでした。ぼけーと庭を硝子越しに眺めていると、汚れた硝子の上を歩くカマキリだ!おー、やっぱりどこか近くで繁殖しているの?もしかして、この小さな庭ですかー?!さぁたいへん、またバッサリしないように気をつけなくちゃ・・・・。


2018.6.29.自宅にて



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# by yuhu811 | 2018-07-04 17:56 | Comments(0)

「人生の踏み絵」     遠藤周作

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1966年6月から1986年7月まで、九回の講演を収録した本。1966年というと「沈黙」が出版された年である。

「沈黙」を書くきっかけは、二年半ほど入院生活を送ることになったとき、心の中に、長崎で出合った足指の跡がついた踏絵が浮かび上がってきたそうだ。自分だったら踏むだろうか、踏むだろうか、踏むだろう。自分は弱い人間だから踏むだろう。その時、どんな気持ちで踏むだろう、当時の人はどうだったのだろう、多くの人は弱い人間だから踏み絵を踏み生きてきたのだろう、と考えたそうだ。だが、キリスト教の歴史には、その記録はほとんど残っておらず、なかったことのようになっているので、その人たちの「沈黙」を呼び起こしたかった。そしてそのとき、なぜ神は「沈黙」していたのか、ということもあり「沈黙」というタイトルにしたそうだ。

1979年からは”文学と宗教の谷間から”と題して六回の連続講演が記録されている。いくつかの小説を題材にし、キリスト教の考え方や感覚について読み解いている。さらに自らの宗教観についても語っており、キリスト教は自ら選んだ宗教ではないので愛しきれないが、何とか付き合わねばと思っていると明かす。

弱虫と強虫を考えて来て仙台で出合ったのが、支倉常長(はせくらつねなが)の悲しい顔をした肖像画だったという。支倉常長に自分を託し、考えてきたことの総決算として上梓したのが「侍」であった。さらに、その総決算に揺さぶりをかけたくなり「スキャンダル」を書くことになったという。

なぜ書くかという問いに、遠藤氏はこう答えている。「小説家は人生がわからず、迷うに迷っている人間なので、その謎に少しでも迫りたいと思って書いているのです」

また、アンドレ・ジッドは「芸術はデモーニッシュ(魔的な)な協力なしに成り立たない」と言っているが、これを「抑えつけているもうひとりの自分、隠れている×」であるということが、小説を書いてきて分かってきた。そのことを小説で考えてみたかったのだという。それが「深い河」へとつながるようである。

最後に、ゆっくり考えてもらいたいものが四つある、と投げかけます。自分はなかなか考えられませんが、いま読み返せば歎異抄にも似たようなことが書かれていたような・・・ぼわ~んとした記憶があります。「沈黙」で止まったままなので、「侍」、じっくり読んでみたいと思います。



画像は、昨年日光に行った時のもの、秋の、川面、雨降る日でした




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# by yuhu811 | 2018-06-28 16:09 | Comments(0)

「秘密」上・下     ケイト・モートン   青木純子/訳

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「忘れられた花園」に「リヴァトン館」、どちらも面白かったけれど、三作の中ではこの「秘密」がいちばんだ。

主人公はローレルという女性だが、あるときはローレルの母親ドリーであったり、母とかかわりのあった人々が主人公となり、時代を飛び越えて語られていく。舞台はイギリスとオーストラリア、大きな戦争をはさんで、いくつもの人生が交錯していく。

2011年、国民的女優となったローレルは、入院している母の病状が思わしくないという知らせを受け取る。兄弟姉妹で相談し、最期は自宅で看取ろうと病院から移すことにした。ローレルは休暇を取り、思い出していた。16才の時、母のドリーが男を刺し殺すという事件を目撃してしまったときのことを。あれは夢だったのか、事実であるならばあの男は誰だったのか、その後事件はどうなったのか。真実を知りたいと思っていたある日、一枚の写真と出合う。それは動けない母に頼まれて、妹が探し出したものだった。見たことのない母と知らない女性が親しげに写った写真だった。その写真と母が大事にしていたもの、母を知る人や、のこされた手紙を手掛かりに、遠い遠い時空へと旅立つ。というストーリだ。

いやー、久々面白かったです♪



画像は春先の隅田川、桜の季節が終わった週末の隅田川、風が強かったー!



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# by yuhu811 | 2018-06-21 18:05 | Comments(0)