たゆたふままに

タグ:本のきろく ( 124 ) タグの人気記事

「罪の声」     塩田武士

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小説現代の電子版に、2015.10~2016.1月号まで連載された「最果ての碑」を大幅に加筆修正したもの。

物語は「テーラー曽根」の主人、曽根俊也が、ある日父親の遺品の中から黒い手帳とテープを見つけるところから始まる。テープの声を聴くと、それは31年前の自分の声だった。一方、新聞社に勤める阿久津は「昭和の未解決事件」を取り上げる企画を任された。その二人が「ギン萬事件」という未解決事件を軸に、テープの声と手帳のメモの謎に迫っていくというもの。物語りの中の「ギン萬事件」とは「グリコ森永事件」そのもので、フィクションではあるけれど、どこかでこれに似た物語があったかもしれないと思わせる内容だ。これを読んで、「グリコ森永事件」のニュースで流された、テープの幼い声を思い出した。犯罪に利用された子供が、その後の人生に与えられたものの大きさに胸が締め付けられる思いがする。




画像は、2017.5.9.さいたま市にて、カクタス咲く


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by yuhu811 | 2017-06-01 09:25 | Comments(0)

「上野時空遊行ー歴史をひもとき今を楽しむー」     浦井正明

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上野近辺を続けて何度か散策した。古地図などを見たりしているうちに今頃になって気づいたことがある。「台東区の歌」は小学校から中学校まで歌っていたので今でもなんとか歌えるのだが、その歌詞に見え隠れする歴史をまったく知らないということだ。現在は台東区に住んではいないけれど、「お山」と呼んでいた上野のことを知りたいと思った。その過去に驚きがいっぱいなのである。なぜ野口英世像は国立科学博物館の前に建っているのか、とか、懐かしの博物館動物館駅の重厚な雰囲気の理由、とか、、、。そしてなによりも、天海僧正の夢・上野戦争の前後については、興味深くまた胸が熱くなる。いくつもの人々の過去や台地に刻まれた記憶に思いを馳せて、また歩いてみたい。

画像は、2017.4.8.谷中にて、この日は天王寺のしだれ桜がきれいだったー!けど機を逸したので猫ちゃんです。
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by yuhu811 | 2017-05-26 10:25 | Comments(0)

「はじまりの記憶」     柳田邦男・伊勢英子

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数えたら18年も前の本。ちょっと前のような気もするし遠い昔のような気もするなーと、図書館で手に取った。柳田邦男さんと伊勢英子さんが、それぞれのさまざまな自分の中の記憶の始まりを手繰り寄せ、今につながる思いを綴った本。前を見ることは大切だけれど後ろを振り返ることで気付きもあり、なかなか面白い。

で、私事だが、いちばんの幼い記憶はたぶん入園試験。神田のお寺の三年保育の幼稚園に入れられた。家の前に通園バスが止まるので、仕事で忙しい両親には都合がよかったのだと思う。手を引かれて引き戸の中に入り、知らない人に冊子をみせられながら何か聞かれて、しぶしぶ答えた記憶がある。隣に母がいたので致し方なく答えた。母を悲しませたくなかったので、いいこのふりして答えたのだ。外に出ると園庭の大きなテントの中で四角いアルミケースにプリンが整列していた。卒園式だったのかもしれない。幼稚園は大大大嫌いだったなー。。。。




画像は自宅庭から空、2017.4.12.


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by yuhu811 | 2017-04-27 17:57 | Comments(0)

「写真関係」     石内都

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東京国立博物館に行ってきた。公開中の庭園散策が目的だったのだが、もちろん館内も必見だ。知らなかったのだが考古のフロアと法隆寺宝物館がリニューアルされていた。考古フロアは2015年にリニューアルされたというのだから、2年も知らずにいた。ふむふむ2年など、びゅーと過ぎていくのだなー。考古フロアは埴輪が林立していてとても楽しい。埴輪かわいいー♪なんて歩いていると、えぇ?!と目に飛び込んできたのが、画像の馬の鉄仮面?!だった。馬冑(ばちゅう)という。5~6世紀古墳時代の戦闘用馬具で和歌山県で出土されたもののレプリカだ。当時としては稀少な舶載品のようで、古墳時代の埴輪展示の中にあり何か違和感を感じたのかもしれない。えぇ!なんだ~これはー!!!と思いまじまじ見るうちに、思いは痛みとともに違うところへと飛んで行った。飛んで行った先は、石内都さんの撮ったフリーダ・カーロのギブスだった。

フリーダ・カーロの遺品写真は本で見ただけだが、心の奥深くに入り込む。”ひろしま”や”命の衣”、”マザーズ”などの写真もそう。その石内都さんがエッセーを出したのだから読まねばなるまいと昨年秋、手にしたのがこの本「写真関係」である。で、驚きの馬具から思い至り、本のきろくに記しておこうとなったわけだ。

内容は、"絶唱横須賀ストーリー"から現在に至る時と思いのながれ、写真を撮るときに大切にしていること、母親のことや自分の名前のことなどなど綴られていることは興味深い。印象に残ったのが「時のうつわ」という捉え方だ。身体は時を貯蓄する入れ物という実感は、想像することしかできないのだけれど、そういう捉え方があったのかと。あぁだからこそ、あのように撮れるのかもしれない。また石内都さんはあとがきで、文章を書くように勧めてくれた編集者のIさんに触れている。その方に私だってお礼を言いたい!石内都さんて話してみたいけど話せない。どんなこと考えているのか少し知りたい。だから、よくぞ勧めてくださった!編集者の眼力っていうのかな?すごいなーってそのことも再認識したのでした。




画像は、2017.4.1.東京国立博物館にて、
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by yuhu811 | 2017-04-04 16:37 | Comments(0)

「チェルノブイリの祈り-未来の物語-」    スベトラーナ・アレクシエービッチ 松本妙子訳

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2015年にノーベル文学賞を受賞した「チェルノブイリの祈り」は、1996年に「諸民族の友好」という雑誌に発表されたものだった。事故後10年経ってからのことだ。日本では1998年に出版後絶版となっていたがフクイチの事故後再出版となった。チェルノブイリ事故後の現地のふつうの人々の言葉に丁寧に耳を傾け、その証言を記したもの。私たちの現在であり未来でもある。




画像は、2017.1.14.都内にて、






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by yuhu811 | 2017-03-31 16:46 | Comments(2)

「詩ふたつ」     長田弘

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気象学では3月から春というそうだ。だから冷たい雨が降っていようとも間違いなく春なのだ。庭では梅の花が散り、フキノトウが顔をだし、椿がぽろぽろ咲きだした。メジロがチリチリと鳴きながら蜜を吸い、キジバト夫婦がポッポーッとやってきた。三月の春彼岸、次々と咲く花を愛でながら花を持って会いに出かけようーと思う季節です。

長田弘さんの「詩ふたつ」は、”花を持って、会いにゆく”と”人生は森の中の一日”の二編からなる組詩である。あとがきで、”詩ふたつ”は、”死ふたつ”であり、”志ふたつ”でもある、と書いている。クリムトの風景画とともつくられたこの本は私にとって大切な本のひとつで、「奇跡ーミラクルー」とともに並べて部屋のコーナーに立てかけてある。いつでもこの風景画と、「奇跡」の表紙にあるリュートを弾く小さな天使の絵が見えるようにだ。そして時々手に取って、うんうんと思うのである。




画像は、2017.2.26.国立市にて、

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by yuhu811 | 2017-03-02 11:03 | Comments(0)

「奇跡ーミラクルー」     長田弘

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今ここに在る不思議、ミラクル、・・・損なうことなく、誇ることなく、みごとに生きる奇跡・・・それを忘れそうになったとき、手にする本。・・・きみはまず風景を慈しめよ。 すべてはそれからだ。 ・・・と、詩人はうたう。




画像は、2017.2.8.さいたま市にて、






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by yuhu811 | 2017-02-28 08:39 | Comments(0)

「TRANSPARENCY」     吉田昭二

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「Beat2」に続く吉田昭二さんの写真集。「TRANSPARENCY」とはトランスペアレンシーと読み、透明、透明性、透かし、透明陽画、スライドという意味があるらしい。酸素を抱きながら、水の中で溶けていく花々が美しい。花は無重力の中を浮遊し、ゆったりとした時を刻みながら透明に近づいていく。それは、投げ込まれたドレスのようでもあり宇宙の爆発のようでもある。花に思いを馳せ、やさしく包む水の中の心地よさを思い浮かべると自らも解放されていくような、どこか遠い世界へと導かれるていくような、そんな時を持つことが出来る本。写真集はカラーです。






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by yuhu811 | 2017-02-09 17:40 | Comments(0)

「沈黙」      遠藤周作

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耽読せぬように気を付けてからだいぶ経つけれど、またまた(たぶん)眼精疲労にて(たぶん)頭皮神経痛とやらになった。映画を見、返却が迫る図書館の本をがつがつ読んで、録画しているダウントンアービーをしっかり見たからなのかもしれない。ピリピリとした顎から頭の痛みはちょっとつらかったのだがぽかぽか温めたらよくなった~♪うれしいな、なので映画と絡めて本のきろく。

この本は一昨年の夏に読んだ本なのだけれどよく分からなくて記録放棄していたのだけれど、マーティン・スコセッシ監督の「沈黙ーサイレンスー」を観てきたのでこの本から記録しておこう。本は大先輩のF氏から「日本二十六聖人」の話を教えていただき、読んでみようと思った。「日本二十六聖人」とは秀吉のキリシタン禁止令により処刑された宣教師6人と20人の日本人信徒のことで、現在その場は西坂公園となり公式巡礼地となっている。まさに遠藤周作の沈黙の舞台となった。

ときは島原の乱が鎮圧されキリシタン禁制が続いていた頃、日本に渡ったキリスト教司祭と隠れながらも信仰を持ち続ける人々が辿った過酷な物語だ。自分自身は信仰するものがなくキリスト教についても理解していないので難解であった。それでも信仰とはなにか、なんども裏切りと思える行動をしそれでも離れて行かないキチジローとはなんなのかを深く考えさせられた。そして先日、スコセッシ監督の沈黙を見れば少しは何かが見えるのではないかと映画館へ出かけたわけである。

ここからは映画の話になる。ネタバレ有りなので要注意!まずは台湾で撮られたという風景が雄大で素晴らしかった。そして窪塚洋介のキチジローはジャストフィットだった。しかし、二か所ばかり興ざめのシーンあり残念。廃村の猫、太りすぎで等間隔に大量にいるというのが不自然、場内が一瞬引いたのが分かったほどだ。本にあのような場面あったかな?真緑のトカゲもなんかな~島原あたりなら住んでいるんだろうか、などと思いなおしたりもしたが・・。で、鑑賞後だけれど、人々の貧しく苦しい暗い暮らしの中で出合った光こそが信仰であったということがよく伝わってきた。残酷な拷問や処刑があっても捨てない信仰心はパライソに行かれると信じていたから?その辺のことは理解不能なのだが信仰を人の尊厳に置き換えてみると分かったことがある。それは心の奥底にあるものは何物にも縛られないし変えられないということだ。なかには生きるために縛られるし変える人もいるけれど、心の奥底は誰にもわからないよなーと。そうか、キチジローってワタシかも?などと考えながら帰宅したのでした。





画像は、2016.2.3.上野東照宮ぼたん苑にて、冬牡丹、






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by yuhu811 | 2017-02-01 17:08 | Comments(6)

「やわらかく、壊れる」      佐々木幹郎

                                                    ー都市の滅び方についてー
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猫を拾ったことから東京に住むことになり、東京放浪記が始まったという詩人、佐々木幹郎氏のエッセー。1990年代前後の深川、上野、隅田川、等々、町の情景描写が懐かしい。また、昭和58年まであった中野刑務所という存在を初めて知った。過去に思いを馳せながら、目まぐるしく変化する今と分からぬ未来、さらにいつも森になろうとしている都市を思った。都市は生き物だと佐々木さんはいう。人が造ったものは滅びるが、目に見えないが土地に沁み通ったものは必ずいつか甦る。滅びと甦りは同時のものであるという。装丁のアンコールワットだろうか、その写真が美しく、図書館で手にした一冊。




画像は東京新宿区にて、
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by yuhu811 | 2015-10-21 15:30 | Comments(6)