たゆたふままに

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温泉に入る猿

地獄谷の野猿公苑では温泉に入っている猿が有名だ。地獄谷だけではなく、温泉のある雪国で暮らす冬の猿ならどこでもそういうものなのだろうと思うけれど、世界的にみるととても珍しいことで、地球上で唯一の場所が、この地獄谷温泉なのだそうだ。
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だから温泉につかっている野生の猿を見に世界中からやって来る。撮りに来る。こんな大きなレンズを抱えて・・・・!

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潜水好きな子猿もいて、水中から頭を出すと河童みたいだ↓

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こちらは色っぽいお姉さん(たぶん。。。。。)↓

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若いお姉さんをどかして、私を撮ったほうがいいといわんばかりに目の前に入ってきたたぶんお姉さん?↓

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楽しいシーンを見せてくれるけど、厳しい自然のなか生き延びるのはどれほどか・・・。

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画像は2015.1.16~17.長野県にて、
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by yuhu811 | 2015-02-18 15:52 | Comments(0)

上林温泉から地獄谷へ

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夏になると毎年のように上林温泉に行ったのは、今から50年以上も前、まだ父が生きていたころだ。ちょうど”三丁目の夕日”のような時代だったけれど、土は小さな公園や街路樹の植わった四角い場所にしかなくて、コンクリに覆われていることは当たり前のことだった。だから?というわけなのかは知らないが、毎年夏になると海や山へ出かけた。そのひとつが上林温泉。子供だから温泉なんて記憶には残っていない。残っているのは、蜘蛛の産卵や蛇の動く音、トンボに蟻を食べさせたり、アリジゴクに蟻を落としたりしたこと、蜂の子の味や温泉の匂い、せせらぎの音、木漏れ日や葉のこすれ合う音、などなどだ。宿の前にはグラウンドがあって、その手前に4人乗りのブランコが置いてあった。それを思い切り漕いで風や浮遊を感じたりしたのも思い出深い。毎日は新鮮で、自由だったー。

上林温泉に行くと必ず出かけるのが野猿公苑だった。温泉の流れる小川沿いを、ササ舟を作っては流しながら歩いた。目的地に着くと、野猿は襲ってきそうで怖かった。実際弟は襲われたのでよけい恐ろしかったのだけれど、野猿公苑のお休みどころで食べる粽が甘じょっぱくて美味しくて・・・・・どきどきしながらも出かけたのだ。

あれから半世紀近くになって、あるとき、あの野猿公苑と、スノーモンキーで有名になった野猿公苑とが繋がった。ここってあそこ?みたいに・・・・。それから、また行ってみたいなーと思うようになり、忘れては思い出し、そしてまた忘れたりで数年経ち、ようやく行ってきたのが今年の1月のこと。

当時のお宿は建て替えられていたけれど、宿の前にあるグラウンドみたいのはたぶんそのままだ。野猿公苑への道は雪模様で様子はまったく違ったが、すれ違う人はほとんどが外国人で意外だった。公苑の野猿はすっかり落ち着いていた。観光客が多いので人にも慣れたのかもしれないが、ルールを守らないと襲われるので要注意だ。粽を食べたのは後楽館だろう。建物はそのままなのかな~、なんかすごーく懐かしい。うれしくて写真を撮ったが、帰宅してみたら露天風呂に人がいた!そういえば毛のない猿が走っていたような気が・・・・。画像はヒトの写ってないものを・・・・↓

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猿はすごかったー!こちらは、ルールを守らない人間に怒っている野猿さん↓

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画像は2015.1.16.長野県山ノ内町にて、大量の画像で、埋もれる日々なり・・・・・
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by yuhu811 | 2015-02-17 17:58 | Comments(0)

「独居老人スタイル」     都築響一

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んーこれなになに~?・・・と、本を開いて驚いた。まずはプッチャリンさんが登場していたからだ。といっても、プッチャリンさんというお名前は、この本を読んで知ったのだけれど・・・・、この人あの人だーって・・・浅草では有名人だったのだーって。
プッチャリンさんには、少し前に合羽橋をぷらぷら歩いていたときにばったりと出会った。素敵な笑顔を撮らせていただいて、それから手に手を取り合って路上でダンスして、すごーく楽しくて、久々に最高に笑った日、のあの方ではないですか~。あはは、あのひと時をありがとうございましたー♪と読んだのだけれど、この本はプッチャリンさんだけではなく、16人の自由で気ままな独居老人スタイルを取材したものだ。中でも”首くくり栲象(たくぞう)”さんと”ダダカン”さんは強烈だ。写真をじーーーーーーくり見て釘付け状態になった!どんな写真なのか気になるかたは、ぜひご覧ください。




画像は、2015.1.10.東京都台東区にて、
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by yuhu811 | 2015-02-17 16:17 | Comments(0)

「寡黙なる巨人」     多田富雄

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2001年に脳梗塞で倒れたときの生死の彷徨いで見たものやリハビリの苦しい日々を克明に綴ったもの。しゃべれない歩けないという苦悩の日々だが、あるとき自分の中に”寡黙なる巨人”を発見する。この思い通りにならない鈍重なる巨人とともに生きていこうと決心し、表現し社会に参加することの喜びが語られていく。リハビリは人間の尊厳の回復である。美を言葉に置き換えて解釈しようとするのは愚である。などなど印象に残った。

画像は2015.2.4.埼玉県新座市にて、平林寺の樹齢500年という高野槇(こうやまき)
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by yuhu811 | 2015-02-17 15:32 | Comments(0)

「未闘病記」     笙野頼子

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笙野頼子さんといえば、猫たちのために千葉に引っ越した作家さん、ということだけしか知らなかった。本を読んだのは初めてで、一番の感想は、独特だ、文体が、語り口が・・・。-膠原病、混合性結合組織病の笙野頼子-と診断されるまでの長期にわたる具合の悪さや、投薬で、初めて普通の体の状態を知ったことと、それに関わるもろもろのことが綴られている。この病は原因不明の難病であり症状が一人一人違うため、先のことは分からないし誤解も受けやすいという。ならばこう考えよう、その日楽しいことは未来永劫絶対に破れないのだから、それは金剛石のような財産になる、と。そして、その財産を大切にしようとは書いていないけれど、たぶんそういうことだ。明日は分からない。元気いっぱいの人にも誰にも分からない。だから・・・なのである。

よく分からなかった膠原病という病についても少し理解が深まった。




画像は2015.1.6.埼玉県さいたま市にて、
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by yuhu811 | 2015-02-06 10:34 | Comments(0)

熱狂なきファシズム-日本の無関心を観察する-   想田和弘

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観察映画作家である想田和弘氏が、1999年から2014年にかけて、様々な場面で綴ったものを収めたもの。日本国憲法や政治のこと、観察というドキュメンタリー映画のこと、芸術とはなんだろう、ということが語られている。

想田氏の観察映画は見たことがないのだけれど、観察映画というものは、たぶん見たことがある。観察映画には、きちんとしたあらすじがあるわけではなくて、なにかしらの答えが示されるものでもない。ナレーションもドラマチックなシーンもなくて、初めて見たときはあれれ?えぇー・・・・と・・・・という感じ。慣れないと、なんだかなー・・・だけれど、観客も観察に参加するという映画なのである。で、このタイトルはといえば、著者が観察を続ける中で感じているこのところの日本についてであろう。特に日本国憲法の改憲についての危機が伝わってくる。恥ずかしいことだけれど、日本国憲法をきちんと読んだことはなく、それを作った詳しい経緯も知らないのだけれど、ここにその手がかりが書かれていた。大きな戦争が終わり多くの人が死に、そして心から平和を願った時、「民主的な憲法を書こう」と理想に燃えた人たちいて、その人たちが作ったものなのだいう。その中には、戦前日本で過ごしたことがある、ベアテ・シロタ・ゴードンさんというユダヤ人の女性もいて、本の中で紹介されているいくつかの条文を読めば、これは"押しつけ"などではなく日本人への贈り物だった?男尊女卑からの解放でもあった?と考えている。ベアテ・シロタ・ゴードンさんの"1945年のクリスマス"も読んでみよう。




画像は、2015.1.6.埼玉県さいたま市にて、
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by yuhu811 | 2015-02-05 15:57 | Comments(0)